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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)548号 判決 1965年4月09日

上告人

長尾豪

右代理人

六川常夫

(ほか三名)

被上告人

福岡国税局長

山本靖

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人六川常夫、同坂上寿夫、同海野普吉、同森静雄の上告理由について。

論旨は、要するに、免税所得がある場合における純損失の繰戻しによる還付金額は、当該年度の純損失を免税事業から生じたものと課税事業から生じたものとに区分し、免税事業上の純損失は前年度の免税所得に繰り戻し、また課税事業上の純損失は前年度の課税所得のみに繰り戻すいわゆる加減法によるべきであるのに、原判決が当該年度の純損失を前年度の免税所得と課税所得とに両所得の比に按分して繰り戻すいわゆる按分法によつて算定するのが正当であると判断したのは、所得税法(昭和二九年法律五二号による改正前のもの。以下同じ)二〇条および三六条の趣旨に違背するものである、という。

おもうに、按分法によれば、前年度の免税所得に繰り戻された当該年度の純損失部分については、前年度の既納所得税額がないため、加減法によつた場合と比較し、それだけ還付金額が少なくなることは、計数上明らかである。しかし、そのことの故をもつて、所論のごとく、按分法が純資産増加説の法理に反し、ひいては租税法律主義に違背するものと論断することはできない。けだし、純損失の繰戻しによる還付の制度は、法がいわゆる純資産増加説によつて所得を把握する建前をとるにいたつたことに対応して設けられた制度ではあるが、それが青色申告書を提出する個入に限り認められていることに徴しても明らかなように、純資産増加説の当然の帰結ではなくして、期間計算主義から来る徴税の不合理と税負担の不公平をなくすための期間計算主義に対する例外的措置であつて、その旨の特別の規定があつてはじめて可能となるものであるからである。そればかりではなく所得税法が個人の全所得の合計金額に対し課税するいわゆる総合課税の原則をとつており(二条、九条一項参照)、また、免税所得は、非課税所得と異なり、本来課税の対象となり得るものであつて、現に法九条の総所得金額の算定にあたつては免税所得金額も課税所得金額に算入すべきこととなつており(法施行規則一八条参照)、しかも、税率が累進制になつている関係で、同一金額の所得であつても、それが総所得金額のうちのいかなる層を占めるかによつて、これに対する税額は同一でなく、上層部を占めるに従つて税額が多くなることとなつている。したがつて、法二〇条の「所得税を免除する」とは、税額の徴収のみを免除する意味に過ぎないのであつて、純損失の繰戻しによる還付金額の算定にあたつても、免税所得を課税の対象として取り扱い、また、法三六条の「課税総所得金額」も、法九条の「総所得金額」と同意語であつて前年度の所得金額の基礎となつた総所得金額をいうものと解すべく、これらの規定を総合して考えるときは、按分法のように、当該年度における純損失の金額が前年度の総所得金額のうちのいずれの層にもひとしく含まれているものとして還付金額を算定するのが、所得税法の規定の合理的解釈であるというべく、わけても、この方法によれば、加減法におけるごとく、純損失の発生原因の如何という偶然の事情によつて還付金額が或いは皆無に近くなり或いは既納所得税額にほぼ匹敵することとなつてその間に極端な差異が生ずることを避け、結果の公平、妥当を期することができるので、按分法の方が法三六条の趣旨に一層適合するもの、といわなければならない。

されば、按分法によつて純損失の繰戻しによる還付金額を算定した本件審査決定の効力を是認した原判決は、正当であつて、所論の違法はなく、論旨は、結局、理由なきに帰し、採用し得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

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